韓国・中国の捏造の証拠をあなたに

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

東郷平八郎は、イギリスでは英雄だった!

こちらから、転載させて頂きました。「日本びいきの外人を見るとなんか和むちゃんねる」様
http://psycholog1000.blog.fc2.com/blog-entry-1614.html

303 :1:2007/11/08(木) 07:50:04 ID:caduqLEn
すいません、唐突に長文で、和み話でもないんですが
日本びいきってことで。

大学時代にたまたま知己を得た先生から直接聞いた話です。
この先生は家系をたどれば河野水軍に行き着き、
祖父の代には子爵だったという家柄のお方でした。

調べればすぐわかるんですが、一応ここではI先生とします。

私がお会いしたときはすでに引退しておられましたが、
現役の時にはベストセラーになったものも含め
何冊も本を出された経済学の大家でいらっしゃいました。

そのI先生がイギリスで講演をなさった時のお話です。

イギリスの空港について入国審査の列に並んでいると、
スーツ姿の男がスッと横に来て、
「ロード・I、どうぞこちらへ」と言うんだそうです。

「いや、入国審査をしないと」と答えると
「ええ、しかし貴族の方には専用のゲートがあります」
と言いだすので先生は面食らってしまいました。

「何かの間違いでしょう。私はただの一般市民です」
「いいえ、あなたは子爵です。
 たとえ日本で貴族制度がなくなったとしても、
 ここイギリスでは子爵の家の方は子爵なのです」だそうで。


304 :2:2007/11/08(木) 07:51:10 ID:caduqLEn
これは講演の後の話ですが、
イギリスの田舎をご夫婦でのんびり回る計画だったI先生、
ずっと黒服がついてくるのに閉口したそうです。

「やめてくれ」と言っても
「日本の子爵に万が一のことがあったら英国の恥、ひいては英王家の恥」
と絶対離れない。

おまけに行く先々で村長だ議員だに会食を申し込まれ、
土産物屋に行ってもパブに行っても
店に飾るから一緒に写真をとってくれだの
ぜひ記念の品をいただきたいだので、

とてものんびりする雰囲気ではない。

何より困ったのが、宿の部屋を勝手に
最高級のものに変えられてしまうこと。
当初の予定の5倍近くの出費となってしまい、
日本に帰ってから大変だった、とおっしゃっておられました。

さて話を戻して、
I先生の講演は英海軍の将校クラブだかの依頼だったので
会場も海軍の将校専用の建物だったのですが、
その玄関ホールに入ってすぐのところに英海軍の栄光の歴史を
彩る品々が展示されていたそうです。

最初にあったのが古ぼけた二角帽で、
聞けばかのネルソン提督の遺品とのこと。
しかし二番目に並んでいるのが日本刀で、
不思議に思ったI先生が尋ねると、
(軍刀だったかもしれません。ちょっと記憶が曖昧)

「これはアドミラル・トーゴーから我がロイヤル・ネイビーに贈られた刀です」
とのこと。

「英海軍ゆかりの品々の中に日本の提督のものがあるとは少し不思議ですね。
 しかもあのネルソン提督の隣とは」
とI先生が漏らすと、
案内係の人(この人も将校)は実に不思議そうな顔をして
「偉大なアドミラル・トーゴーから刀を贈られたのは
 我がロイヤル・ネイビーの誇りです。
 そしてその品を収めるべき場所は我がロイヤル・ネイビーの誇る
 偉大なアドミラル・ネルソンの隣以外にはありえません」
てなことを言われたそうで、

I先生は東郷平八郎はイギリスでも有名なのか、と驚いたそうです。

しかしすぐに英海軍の東郷への敬意がそんな生易しいものではないことを
思い知らされるのですが。


322 :おさかなくわえた名無しさん:2007/11/08(木) 10:04:18 ID:cptyTpNo
>>304
日英同盟の頃はイギリスの絶頂期みたいなものでもあるし
日露戦争も思い入れが大きいのかもね


305 :3:2007/11/08(木) 07:51:47 ID:caduqLEn
本番の講演にて。
I先生を含む数人が順に講演する形式だったのですが、
先生がトリでその前がなんと当時の首相サッチャー。

普通こういう場では偉い方が後なので「何かの間違いでは」と慌てたら、
やはりそこも貴族制のイギリスならでは、
(イギリスでは)爵位のある先生と首相とは言え平民のサッチャーでは
「身分が違う」からだそう。

で、先生の講演の前に略歴などの紹介があるんですが、
「ヴィスカウント・Iは日本で800年以上に渡って
 ネイビーであった家柄であり…」
(河野「水軍」を訳すと「ネイビー」だそう。
 ちなみに先生のお兄様も日本海軍の士官で、
 先生も士官学校を受験したものの体が弱く落ちてしまったそうです)
との紹介に聴衆(全員が英海軍将校)がどよめいたそうです。

あとで先生が聞いたら、紹介が半分誤解されて、
まず800年前という中世から日本にネイビーがあり(!)
(今貴族ということは)その時代から続く貴族で(!)
しかも代々ネイビーということは日本海軍における超名家なのか(!)、

と何重もの驚きだったのだろう、とのことだそうです。

で、無事講演も終わった後、
その英海軍将校クラブだか主催のパーティがあったそうです。

会場は英海軍の建物の中でも貴族以上の身分の人間しか入れないところで、
いくつも配置された大き目の円テーブルのそれぞれに座れる爵位が決まっている。
ここは伯爵、こっちは男爵、などなどで、一つだけ空いているのは女王用、とのこと。

I先生も子爵用のテーブルにつき、食事を頂かれたのですが、
隣の席に座っておられたかなりお年を召したイギリスの子爵の方が、

「ロード・I、日本の海軍の名家の方と同席できて喜ばしく思います。
 ロイヤル・ネイビーの者は日本海軍に大きな敬意を抱いています。
 とりわけアドミラル・トーゴーは私にとっても特別な存在なのです」

と、感慨深そうに子供の頃の思い出を語って下さったそうです。


306 :4:2007/11/08(木) 07:52:30 ID:caduqLEn
以下そのイギリスの子爵の方の回想。

「あの時私は10歳でした。
 まだ幼かったとは言え、私の父は将軍であり、
 いずれ私もそうなるのですから、
 日本とロシアの戦争の行方をずっと気にしていました。
 
 もっと正確に言えば、同盟国である日本が敗れた後のことを気にしていたのです。 
 
 あの日の前夜も、私はそんなことを思いながらベッドに入りました。
 日本の艦隊とロシアのバルチック艦隊が近々決戦するかもしれないということで
 父はもうしばらく帰っていませんでしたし、
 もうまもなくロシアにアジアの覇権を握られる、
 そうすれば我が大英帝国はどうなるだろう、と幼いながら不安を抱いていたのです。
 
 今でもはっきり覚えています。
 あの素晴らしい日の朝、私は執事の呼ぶ声に起こされたのです。
 
 『ロード、ロード、起きなさい』
 まだ眠いのにうるさいな、まずそう思ったことを覚えています。

 『うるさいな、どうしたというんだ』
 『日本とロシアの艦隊が対馬沖で戦闘をしたのです』
 『そんなのわざわざ起こすようなことじゃないだろう。
  それでロシアが勝ったんだろう?』
 『違います。日本が勝ったのです』
 『なにっ!』
 ベッドの上に跳ね起きたのを覚えています。

  まさかそんなことが起こるなんて、夢にも思っていませんでした。
  しかし私の驚きはそんなものでは終わりませんでした。
 
 『今朝方、お父上が急使をよこしたのです。
  ロード、バルチック艦隊は全滅しました』
 『全滅!あのバルチック艦隊が!』
 『ロード、それだけではありません。
  バルチック艦隊を撃滅した日本の艦隊は、まったくの無傷だそうです』

私は絶句してしまいました。
我がロイヤル・ネイビーでさえ何度も苦い思いをさせられた、
当時世界で最強とも思われたあのいまいましいバルチック艦隊が、
相手に何の損害を与えることもできずに全滅した、
そんなことがありうるなんて。

死者が甦ったと言われた方がまだ信じられたでしょう。


339 :おさかなくわえた名無しさん:2007/11/08(木) 14:10:44 ID:uB6QEqS8
>>306
読んでて鳥肌立った・・・
ほんと凄いな、昔の日本人は
ご先祖様、ヘタレな子孫ですみません


307 :5:2007/11/08(木) 07:53:20 ID:caduqLEn
 『その日本の艦隊はどんな天才が率いていたのだ?』
 『アドミラル・トーゴーという男です』
 
アドミラル・トーゴー!
その名前は以来私の心にずっと刻まれています。
 
失礼ながら、私は我が大英帝国が栄光ある孤立を捨て
日本と同盟を結んだことをはなはだしい愚行だと思っていました。
野蛮なアジアの未開国と誇り高き我が大英帝国が対等の立場であるなどと!
 
しかし、あの時私はあまりにも幼稚であったことを思い知りました。
アドミラル・トーゴーのような天才が生まれた国が、
野蛮な未開国であろうはずがない。
それどころか、我々こそがこの偉大な国を尊敬し教えを請うべきなのだ、と。
 
ロード・I、それからの80年、
私の日本に対する敬意が薄れたことは一度もありません。
たとえその後の戦争に敗れようとも日本は常に誇り高く偉大でありましたし、

戦争に勝った我々が今日のような苦境にあえいでいるのに
負けた日本は以前よりずっと大きな繁栄を手にしているではありませんか。

ロード・I、日本はこれまでも、これからも、
我々の誇るべき友人であり、偉大な師であるのです。
そのような日本の、
それもアドミラル・トーゴーに連なる海軍の血筋の方と列席できたことは、
私にとって生涯の喜びです」

こう語りながら、老子爵が『アドミラル・トーゴー』と口にするたびに
本当に子供に戻ったように目を輝かせるのが印象的だった、
とI先生はおっしゃっておられました。

考えてみたら(最初に書いた)護衛の黒服も
招聘元の英海軍がつけたものだろうし、
私にというより日本海軍への彼らの敬意の表れだったのかもしれない、
だとしたら邪険にしたのは悪かったかもしれないねえ、とも。

とは言えたかが一学者が分不相応な歓待を受けるのはよろしくないし、
第一金がかかってしかたなかった、
経済学者が破産したんじゃ洒落にもならない、
ということでI先生はそれ以来イギリスには行っていないそうです。


308 :おさかなくわえた名無しさん:2007/11/08(木) 07:53:51 ID:caduqLEn
下手な長文で本当にすいません。
直接うかがったときは、イギリス貴族の世界とかが垣間見えて
また英海軍の日本と東郷平八郎への強い敬意が伝わってきて感動したんですが…。
先生のお話の面白さの半分も伝わっていないと思います。
お目汚し、大変失礼いたしました。


312 :おさかなくわえた名無しさん:2007/11/08(木) 08:26:16 ID:aMqc7/Of
実に面白い話だった。ありがとう。


314 :おさかなくわえた名無しさん:2007/11/08(木) 08:32:27 ID:+/tiFopw
面白かったよ
しかし誤解は解けたんだろうかw
(特に800年前から海軍で貴族w)


315 :おさかなくわえた名無しさん:2007/11/08(木) 08:32:55 ID:EvwfPjW6
面白かった、ありがとう
なんとゆーか、貴族制度てすごいね


319 :303:2007/11/08(木) 09:19:05 ID:caduqLEn
レスありがとうございます。
喜んでいただけたなら幸いです。
一つだけ、スレ違いの爵位びいきの方の話なんですが、つけたしで。

I先生が呼ばれたように、
本物の貴族に対する敬称は『ロード』だそうで、
『サー』というのは失礼なんだそうです。
それはもっと下の位の者への敬称だとか。

また、同じく本物の貴族の人々に対して
『レディース・アンド・ジェントルメン』
と呼びかけるのは失礼どころか侮辱にあたるそうです。
というのは『ジェントルマン』は貴族ですらない身分の者だから。
貴族に対しては決まった言い方があるそうで、それも先生から教わったんですが
不覚にも忘れてしまいました。
確か『ノーブル・アンド・なんとか』だったと思うんですが…。

まあ本当にスレ違いなのでここら辺でやめておきます。
失礼をいたしました。


320 :おさかなくわえた名無しさん:2007/11/08(木) 09:23:49 ID:HgMI09IW
かなーり和んだ。
I先生も気を聞かせて優秀な英国製の軍用艦のおかげと言えば
さらに場が盛り上がったかな?


433 :おさかなくわえた名無しさん:2007/11/08(木) 23:49:41 ID:v+NJsi5k
まああれだ東郷提督が世界中の海軍関係者から
一目置かれているのはガチ。海軍関係ではね。

戦後三笠がダンスホールになってたのを記念艦に改修する運動に
アメリカ太平洋艦隊司令長官のニミッツ提督だし。

レイテ沖海戦では、丁字戦法をアメリカ側が仕掛けて
日本海軍の旧式戦艦艦隊を打ち破ったことを米海軍の艦隊指令が語っている。

その東郷提督も、若い自分は大変苦労されたようで、
英国留学では当然士官学校へ入学を希望したのだか、
士官学校は英国貴族しかとらんので、東洋人は当然入学できず
ポーツマスの商船学校へ。
しかも入学時は学生にしてはおーさんで、
なによりアジア人なのでチャイナ、チャイナ
とよくからかわれたそうだ。
もっともその中の一人に柔術の技をかけて投げ飛ばした
後はサムライとかいわれて一目置かれだしたそうで。

帰国されても、苦労はたえず、鹿児島弁がデフォの海軍のなかで、
英語交じりの鹿児島弁を話す寡黙な東郷提督は
バタ臭くてうざい奴扱いされ、エリートコースからはずれ
とうとう目を患って予備役一歩手前に。

ところが山本海軍大臣が「東郷は運はいい男です」と明治天皇に推薦して
連合艦隊司令長官に抜擢。


321 :おさかなくわえた名無しさん:2007/11/08(木) 09:55:48 ID:RERUmVs6
>>305
ヴィスカウントwww
どんだけネタだよ!!!!辞書くらい引けや!!


328 :おさかなくわえた名無しさん:2007/11/08(木) 10:43:15 ID:/4N3v5uI
>>321
子爵の場合、The Viscount ○○で、The が抜けてるのと
読み方はヴァイカウントだって言いたいのけ?
ちなみに呼び掛け方は、騎士はサー、侯爵はデューク、
それ以外はロードだなや。
伝聞なんだから、間違いくらいあるだろうさ。


348 :303:2007/11/08(木) 16:04:04 ID:caduqLEn
>>321
やや、これは失礼。
お話を聞いたのは2年以上前のことなので
正直I先生がおっしゃられていた子爵の英語名は失念しておりました
辞書は引いたのですが、英語苦手なもので…
『ノーブル・アンド・なんとか』
もわかる方いらしたら補足してくださいませ

落語が非常にお好きで、
穏やかなお人柄ながら時々べらんめえが混じるという、
失礼ながらI先生自身が大変な和みキャラでいらっしゃいました

「ケインズ経済学の原理は落語の中に全部出て来るんだよ」
とよくおっしゃっておられました

あと某お札の人の最後の直弟子の方に学ばれたので、
それがらみの話も面白かった。
「F先生の英語はほとんど本からだったから、話すのは苦手だったそうだよ。
 日曜日のことをソンデー、ソンデーというものだから、
 弟子の人たちは『先生、それは…』と言いたいんだけど言えない。
 だからF先生のいないところで『あれはサンデーだよな』と言い合ったそうだ」などなど。
しかしこれでは完全にスレ違いですね。申し訳ない。


351 :おさかなくわえた名無しさん:2007/11/08(木) 16:17:02 ID:aCHgWHHM
>>348
色々面白い話をありがとう。
楽しかったぁ。


353 :おさかなくわえた名無しさん:2007/11/08(木) 17:01:14 ID:aMqc7/Of
>>348
またなにか思い出したら書き込んでくださいな。
あなたの話は、本当に面白くて興味深い。


358 :おさかなくわえた名無しさん:2007/11/08(木) 18:30:48 ID:eys9kBMT
英海軍と日海軍は関係良好で
日本海軍もネルソン提督の遺髪を贈られてるし
戦時中敵対してた時もずっと大事にしてして今は海自が保存してるよ
東郷平八郎の国葬には英海軍も参列してるしさ



出典http://life8.2ch.net/test/read.cgi/kankon/1194183633/




スポンサーサイト

PageTop
 

トラックバックトラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。