韓国・中国の捏造の証拠をあなたに

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インドネシアは親日国!

こちらから転載させて頂きました。「 おーるじゃんる」様
http://crx7601.com/archives/40623391.html

1: くじら1号 ★@\(^o^)/
2014/09/01(月) 15:45:18.38 ID:???.net
日本は、それまでインドネシアを支配していたオランダを退け、独立を見据えて
インドネシア人を高職位につけ、学校を開いた。逮捕されていたスハルトなどの
独立運動家を解放し、憲法を準備させた。
また、独立戦争の主体となる郷土防衛義勇軍を結成させた。ただ、独立憲法の準備を
している最中に日本が敗戦したため、スハルトらは直後に独立を宣言した。


戦後も、約1000人の日本兵がインドネシアに残って独立戦争に参加し、およそ半数が
殉じた。小野氏もまた、「日本が果たせなかったことを成功させよう」として参加。
「陸軍歩兵操典」をインドネシア語に訳した市来龍夫氏は有名だが、小野氏は、市来氏の
情熱や思想に影響を受けたという。

小野氏は独立後もインドネシアに残り、現地の女性と結婚。在留日本兵の互助会組織
「福祉友の会」を結成し、インドネシアから日本への留学生に奨学金を給付するなどの
活動をしていた。

8月17日の独立記念日の式典には残留日本兵として招待されていたが、体調を理由に
欠席。地元テレビ局の取材を受け、「インドネシアはより発展しなければならない」
とコメントしていた。

ユドヨノ大統領が昨年、日本の集団的自衛権の行使や、憲法改正による国防軍保有に
ついて、「完全に合理的な考え。防衛力を持った日本は地域安定のプラスになる」と
発言。1990年代に"インドネシア人慰安婦"問題なるものが持ち上がった際にも、政府は
「日本政府との賠償並びに財産及び請求権の問題は解決済みとの認識である」と切って
捨てるなど、インドネシアは親日国として知られる。
また、最大の輸出先は日本であるなど経済的結びつきも強く、さらに若者の間では
日本アニメがブームだという。

インドネシアが親日国となった理由の一つに、インドネシア独立に命をかけた残留日本兵の
活躍があったことを忘れてはいけない。その最後の一人は亡くなってしまったが、
彼らの志を継いで日本とインドネシアとの繋がりはより太くしたいものだ。

※本文より抜粋しました。
http://the-liberty.com/article.php?item_id=8347
71: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@\(^o^)/ 2014/09/01(月) 16:18:43.33 ID:MKAwhTKE.net
>1990年代に"インドネシア人慰安婦"問題なるものが持ち上がった際にも、

これ焚き付けたのも日本の売国弁護士連中な


73: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@\(^o^)/ 2014/09/01(月) 16:21:37.73 ID:5QpzTi/p.net
そんなインドネシアにもアジア女性基金からお見舞い金は支払われた。
インドネシア政府の方針で婆さんたちへの直接支払いにはならなかったようだが、福利厚生に寄与している。

かたや韓国ではアジア女性基金でさえ否定する動きが優勢になってしまった。
お金を受け取れずに亡くなった婆さんたちもいるだろう。
受け取りを絶たせた韓国の圧力団体と朝日新聞は万死に値する。

104: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@\(^o^)/ 2014/09/01(月) 16:53:19.76 ID:AfuOpTJ9.net
もう20年くらい前になるが、インドネシアの独立記念日のときに
たまたま旅行にいっていたことがある。

サヨク教師による洗脳状態にあった俺は、「今日はホテルの部屋から
出るのよそう」と思ってたのだが、お祭りに行きたい同行者によって
渋々外に出たんだが、日本人と知られたら、そこいら中でハグやら
チューやら、サービスやらの歓待を受けた。日本の歌も一緒に歌った。
普段でもインドネシア人は友好的だが、その日はびっくりするぐらい
だったな。
おかげで洗脳が解けました。
 
18.おーるじゃんるな名無しさん2014年09月01日 23:59 ID:OVaXcYZw0▼このコメントに
日本軸の史書を早く作りましょう。世界はシナ人と白人だけではありません。

24.おーるじゃんるな名無しさん2014年09月02日 00:37 ID:vJ0GG2oU0▼このコメントに返信
涙・・・
こういう話を早く知りたかった。
日本人は世界のあちこちで信頼を勝ち得ている。
日系人なんかもそうだけど、本当に誇りに思う。
ご先祖様や、そういう名もなき偉人に感謝。

35.おーるじゃんるな名無しさん2014年09月02日 01:17 ID:RfwgJgn50▼このコメントに返信
死んだ爺さんとか、「白人支配からアジアを独立させる」ってほんとに信じて戦争行ってた。
当時の日本のマス経済は帝国主義だったが、戦ってた日本兵は大東亜共栄圏が白人の植民地開放だと信じてたので
どこの国でも「一般住民の虐殺」は無いよ。
あったのは(日本のおかげで目覚めた)独立派のゲリラが一般住民に潜り込んでトラブったところ。

36.おーるじゃんるな名無しさん2014年09月02日 01:42 ID:1536R8Bo0▼このコメントに返信
大東亜共栄圏という考え方  白人の有色人種に対する迫害、植民地解放を大きな目的としていた

終戦時、玉音放送で昭和天皇が言われている。日本は一度として「植民地政策」を行ってはいない。

白人と違い、奴隷を持ったことなど無い。日本は戦争には負けたが、戦争目的は果たしている。

白人支配の植民地は、日本軍と立ち上がった自国の国民がすべて解放を果たしているのだから・・・。


・・・・・それを知ってから、天皇陛下万歳です
38.おーるじゃんるな名無しさん2014年09月02日 01:57 ID:fcGiE.7b0▼このコメントに返信
戦勝国だから黙認されてるけど、
無駄に民間人を無差別大量虐殺したのはアメリカ、日本はそれほど残虐非道な事はしていない、
日本が働いたとされる悪事のほとんどは戦勝国や心ない国による捏造だよ。
東京大空襲、に原爆投下、必要以上に民間人を虐殺しているのに戦勝国だからとお咎め無し。
日本は負けたからありもしない虐殺や慰安婦の濡れ衣を着せられている。

(転載ここまでです)

インドネシアは、日本を応援してくれている!ありがたいお国ですね!

韓国とは大違い。

このスレにも、在日朝鮮韓国人のいつもの「インドネシアは日本を批判しいている!」
「日本は悪い事をした!」
「親日であるはずがないだろう!」「早く韓国に賠償しなくてはな」みたいな、汚泥のような汚らしい発言をほざいてましたよ!文章読んだだけで、「朝鮮人」まるだし!

「またキチガイ朝鮮人どもが、わいてきた!日本にキチガイ朝鮮人はいらない!早く朝鮮半島帰れよ!」

と、私のように心で叫んだ人もいるでしょう。

だから、朝鮮人は嫌われる。本人達は、どうして日本人に嫌われるのか、本当に分からないらしいですよ!これだけ日本人を苦しめておいて・・・だから、排斥される運命なんでしょうね・・・。

「朝鮮人」は差別用語らしいですね。でも、在日朝鮮韓国人って長ったらしいし、いくら「在日韓国人様」って読んでも、軽蔑の気持ちが消えるわけでもないし、なんて読んだらいいんでしょうかね。

「何もしていないのに朝鮮人だけ差別される」みたいな気持ちの在日朝鮮韓国人達が大勢いて、うんざりと言うか、愚かというか、腹が立つと言うか。
差別されるには、それなりの大きな理由があるんです。日本国以外の国でしたら、「朝鮮人排斥」と暴動が起こり、多くの血が流れるほどのことを、あなた達は日本人にしていますよ。

例えば、朝鮮民族の密入国先が日本でなく、イギリスだったとして、日本での行動をそのままイギリスでも朝鮮民族にやってもらいましょう。イギリスで王政廃止運動してごらんなさいよ、イギリスで、国歌、国旗を掲揚するな、愛国心を持つなと学校や街でデモしてみなさいよ、イギリスに朝鮮学校の学費払えとデモしてみなさいよ、イギリスで選挙権くれとデモしてみなさいよ、イギリスでイギリス人が生活保護金止められて餓死している横で朝鮮民族は6割無職で生活保護ほぼ全員支給されて生活してみなさいよ、イギリスで、マスコミの株買いこんで、「イギリスは悪い事をした、韓国に謝罪と賠償しろ」と国営テレビや民営テレビと新聞で連続報道してみなさいよ、教育現場に入り込みイギリスの教科書に「イギリスはこんなに悪い事をした」と書かせてみなさいよ、就職しにくい公務員に大量にイギリス人を差し置いて就職してみなさいよ、イギリス人が信仰している教会に毎週放火してみなさいよ、イギリス人の女子高校生をリンチレイプコンクリで殺人してみなさいよ、小学校に侵入し包丁でたくさんの子供を殺してみなさいよ!何家族も惨殺してみなさいよ!この日本国であんた達が日本人にしたように!!! 日本でこんなことしてるのは、朝鮮民族だけだ!他の外国人はこんな悪行しない!中国人ですら!!!
朝鮮民族よ、お前達の一番の敵は、こんなに日本に酷い事をしておきながら、「朝鮮人の私達は何一つ悪い事していないんだよ、日本人は差別して、酷い連中だよ。」と教え込んでいる、祖父母や両親、朝鮮系の世論だ!どうするんだ?日本人の怒り狂った感情はもう止まらんぞ。


・・・・・
在日朝鮮人は自分の将来がこれから大きく変わっていくというのに、呑気なものです。

現実をみなさい。
 
日本人の怒り狂った世論がみえませんか。

これからさらに広がっていくでしょう。

テレビや新聞は朝鮮テレビなので、現実をあまり報道しないだけです。もう取り返しのつかない所まで来てるっていうのに。

どんなに朝鮮議員や、国連が脅しても、法律を作っても、日本人の「在日朝鮮民族排除」の世論や感情は動かせません。反発してさらに「憎し」と燃え広がるだけです。

日本は、日本人の世論で動くのです。

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フランスは 日本の靖国神社を支持!

>フランスの保守政党「国民戦線」の大勝!
 ↑       ↑ 
これによりフランスが欧州議会に保有する74議席中の3分の1を国民戦線が占めることになる --- マリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)党首(45)

フランスの首位政党となる見込みで、仏政界に激震! この欧州議会選で「国民戦線」は、フランス全土で行われた選挙としては過去最高の支持率を獲得した。

     「国民戦線」の政策とは、
      ↓        ↓
・生活保護はフランス人のみに適用!外国人は与えない!

・家族手当(生活補助金)はフランス人のみ適用! (外国人に関しては片親がフランス人であることが必要)
・移民2世・3世は少しでも犯罪をすれば、直ちに自国強制送還だ!
・移民はフランスの文化を尊重すること!
日本の靖国神社を支持
・左翼団体への補助金を廃止
・死刑制度を復活

・グローバル支配メディアの多くがこの保守系「国民戦線」を「極右政党」とレッテルを張って、攻撃して来た。しかし、フランス国民から見れば、移民を大量に受け入れて治安悪化を招いている現在の政党の方がおかしいという認識になっているの。
・イギリスも、「EUから脱退してしまえ」と叫ぶ英国独立党(UKIP)が首位に躍り出る勢い、イタリア、ドイツ、ギリシャも同じ主張をする政党が大躍進中。
http://www.bllackz.com/2014/05/blog-post_26.html




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靖国参拝、海外からも支持されています!

ネットで見つけました!!


安倍首相の靖国神社参拝は、ちゃんと世界から指示されているんですね!
偏向報道する日本のマスコミの報道には、気をつけてくださいね!



アルゼンチンの方々、そして他の国の方々、感謝します 本当にありがとう。

■日本寄港のたびに必ず靖国参拝してくださる国の海軍。
 ★アルゼンチン ★UAE ★トルコ ★メキシコ ★ブラジル ★イタリア海軍 

■慰霊碑に献花してくださる国(方々) 
 ★イラン大使 =毎年ヒロシマ・ナガサキ慰霊碑に献花。



安倍総理の靖国参拝への各国の反応

■支持・援護してくださる国

 ★ベトナム =「我々は中国や韓国のような卑怯な外交手法をとるつもりはない」

 ★台湾(李登輝元総統)=「国のために命を亡くした英霊をお参りするのは当たり前の事。外国が口を差し挟むべきことではない」

 ★カンボジア:フン(セン首相)=「戦没者の霊を弔うことは当然のこと」首相の靖国参拝に理解

 ★インドネシア(ユドヨノ大統領)=「国のために戦った兵士のためにお参り、当然」靖国参拝に理解

 ★マレーシア(外相)=「過去は過去である」

 ★タイ =「参拝を支持」

 ★インド =「参拝を支持する」

 ★パラオ(レメンゲサウ大統領)=「すべての人のために祈るのは正しいこと」と支持を表明

 ★ソロモン諸島(ケマケザ首相)=「日本とソロモン諸島の共通の文化は先祖に感謝すること。英霊が祭られている場所を拝見したい」

★ロシア(外務省)=第2次世界大戦の結果を巡り、世界で受け入れられている評価から日本社会を離れさせようとする試みが強まっている。


■支持・援護の アメリカの声

 ★マイケル・オースリン氏=「日本が対処すべき問題で、在日米大使館はあのような声明を出すべきではなかった。米政府は関係国の解決に向けた努力を促すべきで非難すべきではない」

 ★ケビン・ドーク教授(米ジョージタウン大)=「靖国参拝は日本国民と、民主的な選挙で国民から選ばれた安倍首相ら国会議員が自身で決める、日本のすこぶる国内問題だ。中国と韓国がなぜ、この日本の国内問題に首を突っ込むのか、いまだに理解できない」

 ★シーファー(元駐日大使)=「アメリカ政府は、日本の靖国参拝に干渉することはない」

 ★ウォーツェル(米中経済安保調査委員長)=「『歴史認識非難』は単なる対日攻撃手段、靖国参拝、中止すべきでない」

 ★トーマス・スニッチ氏=「中国には日本の戦没者追悼に対し一定の方法を命令する権利はない 」

 ★アーサー・ウォルドロン氏=「事の核心は日本に対し覇権を確立したいという中国の野望だ」



在アルゼンチン日本大使館のホームページに明治時代から続く日本とアルゼンチンとの友好の歴史が書かれています。
Wikipediaによるとアルゼンチンは先の大戦中、南北アメリカ諸国で日系人の収容が無かった数少ない国だそうです

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アルゼンチンが靖国参拝を賞賛してくれました!!

こちらから引用させて頂きました。「おーるじゃんる」様
http://crx7601.com/archives/36019556.html


■ JAPANESE WAR CRIMES: I'M SORRY?
-- Adrian Salbuchi (政治評論家・コメンテーター / アルゼンチン)

日本の安倍首相の靖国神社参拝に、中国と韓国が激怒している。靖国神社は250万人の戦没者を
祀る東京の神社だ。多くの人が怒っているのは、この19世紀創建の神社に祀られている人々の中に、米国の占領軍によって「戦争犯罪人」という烙印を押された第二次大戦時のヒーローらが含まれているためだ。その中には、米国によって1948年に処刑された戦時指導者東條英機大将など、「戦争計画」に関わったとされる14人の「A級戦犯」も含まれている。

戦勝国が敗戦国に対して当然に獲得する権利は、領土要求に関するものだけではない。敗戦国の
都市や土地、国民、資源、工場、特許権、軍事装備、そして国際法上の諸権利に対しても、完全かつ欲しいままに支配する権利を、戦勝国は獲得する …… 悲しむべきことだがこれが現実だ。

そして戦勝国は、戦争の端緒となった対立に関する歴史記述を書く(あるいは書き直す)「権利」をも
獲得する。自国の見解・論理を「真実」とする権利を獲得し、敗戦国を「間違った国・邪悪な国・戦犯国・侵略国」だと非難するのである。「俺たちは善人、相手は悪者だ。」「私たちの息子らは英雄。向こうは殺されて当然の悪魔だ、2歳の幼児までも。」という考えは人類の歴史を同じほど古い。第二次大戦後の70年間のプロパガンダが明瞭に示しているとおり、20世紀と21世紀も例外ではない。

だが日本は今なお屈しようとしない。これは賞賛すべきことだ。平身低頭して世界に再三再四赦しを
請うているドイツの姿とは対照的だ。だがドイツ自身も良く了解しているとおり、たとえ何度謝罪しようと、世界のメディア・出版・教育を支配する人々は決してドイツに赦しを与えることはあるまい。

歴史認識についてハラキリしたドイツとは違って日本は顔を伏せず、敢然として軍事的敗北の結果に耐え続けている。倫理面で屈服してはいないのだ。

なるほど確かに、連合国による極東国際軍事裁判、いわゆる「東京裁判」の結果、日本の多くの軍事・政治指導者らが「A級戦犯」だとされた。だが安倍首相は、2006年にJapanTimesで報じられたとおり、「靖国神社に祀られた14人のA級戦犯は国内法上の犯罪者ではなく、東京裁判の結果を日本が受け入れたのは独立を回復するためのものだった。<中略>A級戦犯の起訴理由となった『平和と人道に対する罪』は連合国によって戦後に作られた概念で、法律に定められたものではない」と考えている。

日本よ、良くぞ言ってくれた。もし我々が、戦勝国・敗戦国を問わず全ての国の戦争犯罪を真摯に罰しようとするなら、とんでもない規模の国際軍事裁判所が必要だろう。そしてその裁判所は、ダブルスタンダードと検閲から自由でなければならない。そう、ダブルスタンダートから、だ。<後略。ドレスデン空襲や原爆投下で連合国が多数の民間人を殺傷しているが戦争犯罪とはされていない点など。>

▽ソース:RT.com(ロシアRTテレビのニュースサイト)(英語)(2013/12/27 12:24)
http://rt.com/op-edge/japan-war-crimes-867/




101:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2013/12/29(日) 12:42:04.69 ID:jmf3MGfk
GHQ占領下にアルゼンチンの軍艦が日本入港するとき、日の丸を掲げていたことに
クレームをつけられたが、突っぱねて掲げとおしたって本当?


209:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2013/12/29(日) 12:55:18.96 ID:HzfxoJkL
>>101
本当
占領法を盾にGHQから文句を言われてもウルセー船の上はアルゼンチン領だコノヤロウ!と堂々「日の丸」を掲げて支援物資を運んでくれた

手元のソースがTBS2012年3月10日放送の「世界ふしぎ発見!」録画しかないのが残念だ。


アルゼンチン、ありがとうございます~。インドも参拝に好評価してくれましたよね。
とても感動してしまいますね!
外国どころか、日本のマスコミも中国韓国が実権握っているので、日本人は周り敵状態の中、どれだけありがたいことか・・。マスコミは報道しませんよね、こういうことは・・。だって、日本人のものではないですもんね、日本の新聞とテレビは・・。


安倍さん、これからTPPをアメリカの圧力に負けず、なんとか、脱退してください!!
それから、増税も何とかやめてください!!

安倍さん、中国、韓国、アメリカに負けず、頑張ってください!!

戦争だけは回避で!!!

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ベルギーが証明。日本兵の公正さ

こちらから引用させて頂きました。「ねずさんのひとりごと 」様
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2117.html

ベルギー1228


歳末になりましたので、すこし暖かなお話を。
ベルギーのことです。

最近の海外旅行はベルギーが人気なのだそうです。
ベルギーは、英国海峡に面しフランスとドイツオランダ、ルクセンブルグと国境を接する人口約一千万人の王国で、童話の「青い鳥」の原作者のメーテルリンクは、ベルギーの出身だし、フランダースの犬でおなじみのフランダース地方は、まさにベルギーのアントワープ地方とその近郊のことをいいます。
街は、まるで童話の世界のようです。

また、自転車好きな方ならおなじみのロードレースも、ベルギーが発祥の地です。
オートバイのモトクロス競技も同じくベルギーが発祥です。

実は、そのベルギー王国は、たいへんな親日国です。
なぜでしょうか。

日本がベルギーと国交を持ったのは、慶応2(1866)年の日本国白耳義(ベルギー)国修好通商及び航海条約の調印が始まりです。
明治26(1893)年、アルベール・ダネタン男爵が特命全権公使として来日しました。
氏はその後16年間にわたって日本に駐在し、世界における日本の地位向上のために努めてくださいました。

例えば日清戦争で日本が旅順港を占領したとき、米国のワールド紙などは、「日本が現地で無辜の住民を6万人も虐殺している」と報じました。
ところがこのときアルベール・ダネタン男爵が、事の真偽を確かめようと調査に乗り出し、結局この報道は米国記者による捏造記事であることを突き止めたのです。

ダネダン公使は、その日のうちにべルギー本国政府に報告書を送りました。
==========
日本は敵兵であっても傷病者に配慮し、赤十字は皇后陛下の後援のもとで完璧なまでに仕事を遂行し、ジュネーブ協定を遵守している。
これはアジア人の間の戦争においてはおそらく初めてであろうと思われる。

その場に居合わせたフランス武官・ラブリ子爵から直接聞いたところ、殺されたのは軍服を脱いだ兵士たちである。つまり「婦女子が殺された」というのは真実ではない。

ほとんどの住民は占領前に避難を済ませている。
町に残っていたのは兵士と工廠の職工だけだしかない。
日本兵は無残に扱われた戦友の死骸を見ながら、敵を捕虜にするだけにとどめたのである。

===========

当時支那兵は、捕らえた相手国兵士を殺して、遺体をバラバラに切断して吊るして、これを食べたりしていました。
そのことは当時の東洋を知る白人たちの常識でした。
要するに人種差別が絶対だった時代において、東洋人=支那人であり野蛮人だというのがまさに白人たちにとっての常識だったわけです。

先日も書きましたが、そもそも西欧には、ヘロドトス以来のアジア人=恐怖のサタン族という伝統的な見方があります。
つまり、欧米の世界支配が支那に至ったとき、まさにそれは現実となったし、実証されたのです。

「日本も同じことをしている」という米国記者の報道は、欧米諸国に「なるほど」と充分に思わせるものがありました。
「日本人は公正と報じられているけれど、なあんだ、日本人も同じじゃないか。やっぱり有色人種だからねえ」というわけです。
ですから米国人記者による捏造報道は、そのまま各国の新聞に転載され、欧米中に拡散され、「日本人も支那人と同じ野蛮人」と白人諸国の多くの人々に納得を与えていたのです。

ところがベルギーのダネタン公使は、自ら現地調査を行い、事実はまるで正反対で、日本はきわめて公正な振る舞いをしていたし、実に立派な行動を示していたことを見事に立証しました。
男爵は、何も格別なことをしたわけではありません。
自分の足で調査をし、調査の結果わかった事実を淡々とありのままに、本国に報告しただけのことです。

ところが当時の世界において、日本が支那人と異なり、きわめて「公正」であるということが、社会的地位のある白人によって立証されたということは、とても重要なことでした。
こういうことは、当事者である日本人がいくら否定しても、笑い者になるだけです。
野蛮人がまた嘘を言っているとしか思われない。
けれど、白人であり、社会的地位のあるダネダン公使の報告は、違いました。
日本の名誉、ひいては日本人の名誉を見事に守ったのです。

ダネタン公使は、日露戦争でもロシア兵捕虜が虐待されているという海外メディアの虚偽報道を是正する報告を流してくれました。
また夫人のエリアノーラ・メアリー・ダネタンは、日本滞在中の日常の見聞を、「ベルギー公使夫人の明治日記」という本に遺し、この本は当時の外交関係者の動向や社交界の様子を客観的に伝える貴重な資料となりました。

そのダネタン公使夫妻が任務を終えて帰国したのが明治43(1910)年のことなのですが、その4年後の大正3(1914)年に、ヨーロッパで第一次世界大戦が勃発しました。
第一次世界大戦においてドイツは、フランスを攻めるためにベルギー領内を通過しました。

ベルギーは、永世中立を宣言した国です。
ところがいくら中立宣言をしていても、ドイツ軍の通過を認めれば、それはベルギーがドイツの肩をもったことになります。
これは「ベルギーは中立である」という姿勢に反することになります。
ですからベルギーは、ドイツに敢然と立ち向かいました。

これは重要なポイントです。
なぜなら「中立」を守るということは、たとえそれが強大なドイツ帝国であったとしても、敢然と立ち向かわなくてはならないという意志を必要とするものだからです。
非道が行われ、蹂躙されても何もしないということと、「中立」であることは全然違うということなのです。

このことを考えれば、日露戦争(1904年)時における当時の大韓民国(朝鮮)のだらしなさがよくわかります。
当時の大韓民国は、その時点ではまだ日本に併合された日本統治領ではなく、自称であれなんであれ、あくまで独立国(日韓併合は1910年)を標榜していました。
けれど彼らは、日露戦争における日本軍の大韓民国領土の通過に何の反応も示していません。
もっというなら、国際世論も、そのことに何の反応も示していません。

これが何を意味するかというと、当時の世界から見た大韓民国は、世界からみたら無主地同然の扱いでしかなかったということです。
また清国も、日本軍の朝鮮半島通過を黙って見過ごしています。
つまり、彼らには、国民国家としての尊厳もなければ、国家としての意識さえも、カケラもなかったということです。

戦後の日本も同じです。
戦わず、中立でもなく、ただ戦争放棄を歌うということは、国際的にみれば、日本は国家としても民族としても何の尊厳をもたない、ただの無主地に他ならないということです。
たまたま日本は四方を海に囲まれ、米軍の保護下にあって、しかも戦時中にあまりにも勇敢だったから、襲撃や領土通過の脅威にさらされずに済んだだけで、では戦後の平和がこのままの状態でいつまでも温存できるかといえば、それは「違う」ということです。

ベルギーは戦いました。
中立を標榜した以上、たとえ相手がいかなる強国であったとしても、自国を勝手に通過することは許さない。それが自尊自立ということです。
ペルギーは、ドイツ軍の侵入に対して、国をあげて敢然と立ちあがったのです。

繰り返しになりますが、中立というのは、ただ「戦わない」というひ弱な精神ではありません。
どこにも組みしないということは、どこの国からの干渉も絶対に認めないし許さないという強靭な意思を伴うものだということです。
その気概と行動がないなら、中立など成立しえないのです。

当時のドイツ軍は、圧倒的強国です。
ベルギー軍の抵抗もむなしく、領内は次々と侵略されました。
ついにベルギー国王の国王アルべール一世は、フランスとの国境にあるフェルヌに近い寒村にまで追いつめられました。

しかし国王は、絶対に降伏しませんでした。
自ら銃をとって戦い、傷ついた将兵を慰め、不眠不休の戦いを続けていました。
そして連日のベルギーのこうした勇敢な報道に接した日本は、勇敢に戦うべルギー国民を激励しようと、ついに支援活動に立ち上がったのです。

当時の朝日新聞社長の村山龍平は、「中立を蹂躙せられ国歩艱難を極めつも、親しく陣中に在はして将卒と共に惨苦を嘗め給へる白耳義(ベルギー)皇帝アルバート陛下の勇武を欣仰するために、愛蔵の日本刀一振りを口ンドン駐在の特派員杉村楚人冠を通じて献上(大正3年11月7日付大阪朝日新聞)」しました。
また日本国内の新聞各紙をはじめ雑誌その他の刊行物を通じて、苦衷に立つべルギーへの支援活動が日本国内で熱烈に展開されました。

大正8(1918)年、第一次世界大戦が終わった4年後、関東大震災が起きました。
この大震災の二ュースは世界各国に報道され、諸外国から援助の手が差し伸べられることとなったのですが、このとき、群を抜く支援活動をしてくれたのが、べルギー王国でした。

9月3日の震災の報道を受けたべルギーでは、5日には「日本人救済べルギー国内委員会」が結成されました。
上智大学教授の磯見辰典氏によれば、当時、ベルギー国内で、音楽会、講演会、バザー、さらに「日本の日」が各地で催され、新聞はもとより、カトリック教会もこのキャンぺーンに積極的に参加し、なんと約264万2千フラン(日本円で約220億円)を集めて日本に贈ってくれたのです。

これは米英に次ぐ、多額の援助金でした。
ベルギーは、人口わずか1千万の国です。
米国3億人、英国6千万人であることを考えると、いかに大きな貢献をしてくれたかがわかります。
(東日本大震災当時の台湾と同じです)

このときべルギー国内で配布された「元兵士へ」(1923年)と題する日本への支援を訴えた文書が、いまに残っています。
この文書を見ると、9年前の第一次世界大戦の際、ドイツ軍の侵略と戦うべルギー軍兵士に対して数々の援助を尽くしてくれた日本人への賛辞が述べられ、べルギーの元兵士はこのときの恩義を今こそ日本に返そうではないかという趣旨が書かれています。
つまり、あの厳しい戦いであった第一次大戦のときのことを、ベルギーの人々はしっかりと覚えていてくれたのです。

下の絵は、有島生馬画伯が描いた関東大震災の絵です。
この絵の右側に、一台の車があり、その横に双眼鏡を手にした山本権兵衛首相が描かれています。
そしてそのすぐ脇に、オフホワイトの背広を着て、赤い洋服を着た小さな女の子が描かれています。
この二人は、背広姿の紳士が日本駐在べルギー大使のバッソンピエール男爵、小さな女の子が有島画伯の姪の皎子(きょうこ)さんです。
有島画伯は、震災における日本支援の象徴として、当時の内閣総理大臣の山本権兵衛、日本支援の象徴としてベルギー公使のバッソンピエール男爵、そして絵を書いた有島画伯の姪の三人を絵にしています。

有島画伯の関東大震災-1
クリックすると大きくなります。


国際日本人養成講座の(たぶん伊能さんだと思うのですが)、このベルギーと日本の関係を書いたメルマガの冒頭に、次の文章がありました。
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わが国の近代外交史に関する教科書記述の大半は、いわゆる「脱亜入欧」の方針のもと欧米列強と同様の帝国主義路線を邁進し、ついに第二次世界大戦によってその野望は破綻したと見る図式が基調をなしていると見てよかろう。

そうした物差しを当て嵌めて近代史を見てしまうから、わが国が近代の当初に、列強とはひと味違う国々に国作りの手本を求めたり、また親密な交流の歴史を刻んでいた史実などは切り捨てられて顧みられないのである。

わが国はけっして大国志向だけの路線を突っ走ってきたわけではない
近代化のための様々な選択肢を模索しながら二十世紀を生き抜いてきたのである。
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まさにこの文にある通りで、最近の教科書や歴史学会では、あたかも戦前の日本が軍国主義への道をひた走りに走ったかの如く書かれているものが目立ちます。
大きな間違いです。

以前「奴隷制度と人種排除」の記事(http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1637.html)の記事の中で、安政4(1857)年の米最高裁が、
「黒人ならびにその子孫は、所有者の財産であって、合衆国の市民ではない」
という判決を出したことをご紹介しました。

このことは、たいへんに象徴的です。
要するに当時の世界の常識は、カラード(有色人種)は、人ではなく「動産」だったということであり、「動産」であるということは、人とのしての権利を持つ「人間」ではないとみなされていたということだからです。

日本人も「人間」ではなく、一般的には、蛮族であり、獣とみなされました。
けれど、そのとき日本がどうしたかというと、それに対して抗議の声をあげるとか、妙な宣伝活動をするとか、相手国の悪口を言うとかという行動はとっていません。

私達の先人達は、ただひたすらに日本にもとからある「公正」さを培い、それを黙々と実践しました。
世界の良心が、それを見て目覚め、自然と日本人を対等な「人間」であり「隣人」であり「友人」と認めてくれるように、ただひたすらに努力を重ねたのです。

日清戦争を観戦したフランスの国際法学者ポール・フォーシーユは、次の言葉を残しています。
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日本は、単に自国に法制度を施行して文明国に列しようとしているだけではなく、国際法上においても、まさに文明国であり文明人であることを見事に証明した。
すなわち日清戦争において、清軍はあからさまに国際法を無視したけれど、日本軍は国際法をどこまでも尊重した。

日本の軍隊は、慈悲をもって捕虜を待遇し、敵の負傷者を見つけては救護を拒まなかった。
日本は未だ1868年12月11日のセントピータスブルグ宣言(害敵手段を制限する取り決め)に加盟していないけれど、相手国兵士に無用の苦痛を与える兵器の使用を避けた。
また、あえて敵対しない住民の生命財産を保護する事にもすこぶる注意を払った。

日本は、未だどこの国もしなかった事をしてみせた。
その仁政を熱心に行う余り、ついには敵国の住民の租税を免じ、敵国民から対価を得ることなしに彼らを給養してしまった。

兵士の間ですらも人命を重んじることに極めて厚く、人々を救済する策を惜しむことはなかった。
見るがいい!
日本軍の通過する所には、必ず衛生法を守らせる為の規則が布告されている事を!!

(原文)
日本は独り内部の法制に於いて世界最文明国の班列に達したるに非ず。国際法の範囲に於いても亦同然たり。経験は日本政府が能く其の採択する所の文明の原則を実行するに堪うるを表示せり。すなわち日本は清国に対する一八九四年の戦争に於いてこの事を証明したり。この戦役に於いて日本は敵の万国公法を無視せしに拘らず自ら之を尊敬したり。日本の軍隊は至仁至愛の思想を体し、常に慈悲を以て捕虜の支那人を待遇し、敵の病傷者を見ては未だかつて救護を拒まざりき。日本は尚未だ一八六八年十二月十一日のセントピータスブルグ宣言に加盟せずと雖も、無用の苦痛を醸すべき兵器を使用することを避け、又敢えて敵抗せざる住民の身体財産を保護することに頗る注意を加えたり。日本はいずれの他の国民も未だかつて為さざる所を為せり。其の仁愛主義を行うに熱心なる、遂に不幸なる敵地住民の租税を免じ、無代価にて之を給養するに至れり。兵馬倉皇の間に於いても人命を重んずること極めて厚く、凡そ生霊を救助するの策は挙げて行わざるなし。見るべし日本軍隊の通過する所必ず衛生法を守らしむるの規則を布きたるを。
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戦前の日本は軍国主義に走ったのではありません。
私達の先人は、「公正」と「人道」と「信義」を大切にし、日本をむしろ世界の模範となれるよう、必死の自制と努力を重ねたのです。
そうすることで世界の良心が、むしろ積極的に日本を認めざるをえないよう、努力を重ねてた。
それが明治から先の大戦にいたるまでの日本の姿です。

その結果、戦うべきときには戦わざるを得なかったし(それをしなければ、ただの無能な馬鹿とみなされた)、そのための軍備を整えたのです。
戦後の歴史解釈が逆なのです。

「笑いの石垣」という有名な小話があります。
概略、次のようなお話です。
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熊野には、石垣が沢山ありました。
あるとき八幡社の裏手に、石垣を積もうという話になりました。
高さ10メートル、幅30メートルの2段積みといいますから、たいそう立派な石垣です。

ところがその石垣の下に住む村人から、
「危険だから止めてもらいたい」と言う抗議が出たのです。

その時の石屋さんの証書が残っています。

そこに書かれていたのは、
「万が一崩れた時は、お笑い下されたく候」でした。
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昔の人は、人に笑われるのを最大の恥とした、そのことで村人たちも納得したというのです。
それほどまでに、日本人は民度が高かったのです。
戦地における弾薬不足という非常事態を起こして、緊急事態だからと日本に弾薬補給を要請して助けてもらいながら、あとになって「あれは要らなかった。日本が勝手にしたことだ」といい加減なデタラメを公式に発言するような野蛮な国とは違うんです。

同様のことは、明治10(1877)年から明治13年まで日本に滞在し、東大で生物学を教えた米国の生物学者エドワード・S・モースも、日本での体験として次の言葉を残しています。
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「私が帰るまで金と時計をあずかってくれぬか」と亭主にたのんだら、亭主は快く承知した。
召使が一人「ふたの無い浅い塗り盆」を持って私の部屋へ来て、それが私の所有品をいれるものだといった。
で、それ等を彼女が出している盆に入れると、彼女はその盆を畳の上に置いたまま出て行った。

私はいうまでもないが、彼女がそれを主人の所へ持って行き、主人は何等かの方法でそれを保護するものと思って、じりじりしながら待っていた。
ところが召使は帰ってこない。

私は彼女を呼んで、何故盆をここに置いて行くのかと訊ねた。
彼女はここに置いてもいいのですと答えた。

私は主人を呼んだ。
彼もまたここに置いても絶対に安全であり、彼はこれ等を入れる金庫も他の品物も、持っていないのといった。

未だかつて日本中のいかなる襖にも、錠も鍵もかんぬきも見たことが無い事実からして、この国民が如何に正直であるかを理解した私は、この実験をあえてしてみようと決心した。

恐らく私の留守中に何回か客が入るであろうし、また家中の召使でも投宿客でも、楽々と入り得るこの部屋のふたの無い盆に、銀貨と紙幣とで八〇ドル、それに金時計とを入れたものを残して私は出発した。

私達は一週間にわたる旅をしたのであるが、帰ってみると時計はいうに及ばず、小銭の一セントにいたるまで、私が残して行った時と全く同様にふたの無い盆に載っていた。

(中略)

人々が正直である国にいることは実に気持がよい。
私は決して札入れや懐中時計の見張りをしようとしない。
錠をかけぬ部屋の机の上に、私は小銭を置いたままにするのだが、日本人の子供や召使いは一日に数十回出入りしても、触ってならぬ物には決して手を触れぬ。

私の大外套と春の外套をクリーニングするために持って行った召使いは、間もなくポケットの一つに小銭若干が入っていたのに気がついてそれを持って来たが、また今度はサンフランシスコの乗合馬車の切符を三枚持って来た。
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同様のことは、他の数多くの日本を訪れた外国人が記録として残しています。

つまり、もともと日本は、きわめて治安が良く、民度がたいへんに高かったのです。
だからこそ、日本は、その高い民度のままに、「公正」と「人道」と「信義」を世界の中にあっても貫き通しました。
そのことによって、日本は、まさに世界に認められる国となり、ついに明治35(1902)年には、当時の世界の最強国である英国と対等な軍事同盟を締結するに至っています。

白人国家の代表である世界最強の大英帝国と、東洋の有色人種国家である日本が「対等な同盟」をするというのは、これこそ世界史に残る大事件です。
なぜなら、「カラード=猿」とみなすことが世界の常識であった時代に、人間の代表が猿と同盟を結んだということだからです。

言い換えれば、それが実現できるほどまでに、日本は優れた人種国家であると世界が認めた、ということです。

ベルギーは、もともとハプスブルグ家の飛び地領土だったネーデルランドです。
レオポルド一世が立憲君主に即位することで、ベルギー王国となったのが、天保2(1831)年です。
つまり、日本と通商条約を締結した、わずか35年前に独立した国家です。

そしてそのベルギーは、道義と公正を目指す国家建設にあたり、日本を模範としたともいわれています。
道徳心が高く公正な日本は、欧州における新国家建設の模範となりうる国家でもあったのです。

私達の先人達は、日本をして軍国主義、大国主義を指向しようとしたのではありません。
日本にもとからある「公正」と「人道」と「信義」の文化を護り、伝統と歴史ある日本を守るために誇りをもって努力を積み重ねてきた。
それが、日本です。

そしてベルギーが親日的なのは、戦後の日本がお金持ちになったからでは、ない、ということも知っておく必要があります。
戦前の日本が、公正、人道、信義の3つを大切にした。
そのことがベルギーをして、いまも親日国にしてくれている。
そういうことを、わたしたちは歴史に学ぶ必要があると思います。


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